縄文土器の文様の解釈(1)
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これまでの説明で、縄文文明が進歩的で世界最先端の技術を持っていたことはご理解いただけたと思います。
そのような高度な文明であれば、縄文土器の文様にも高い精神性が現れるはずです。 しかし、それを証明するのは、非常に大変でした。 | ||
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上の図で、左上にある土器の文様の解釈をその下に示します。蛇は男性器、フクロウの穴は女性器、うずまきは妊娠という解釈です(https://www.joumon.jp/)。
これは長年この分野で研究をされてきた専門家の解釈ですので、筆者のような素人が何か意見を言えるようなものではありません。
しかし、これに類する従来の文様の解釈こそが、筆者が縄文土器の研究するのをためらった最大の理由でした。
生殖は人間にとって極めて重要な行為であり、それを卑下するつもりは毛頭ありません。 しかし、今後研究を積み重ねても、このような動物的なデザインを見続けるのは耐えられないと感じました。 縄文人は、結局、崇高な精神など持たず、動物的な生殖を目的として生きる人々だったということを繰り返し思い知らされるのは、日本人として耐えられないと思ったのです。 しかし、そう思うのと同時に、日本人としての自分の感性が「この文様解釈は誤っているのではないか」と訴え続けました。 筆者はセラミックスの専門家ですので、上の図にある土器を作るのがいかに大変で高度な技術が必要なのかはわかります。 まず、成形工程ですが、ろくろを使う通常の成形法では、同じようなデザインの土器を複数つくり、それを素焼きした後、釉薬をかけて彩色し絵付け焼成を行います。 その場合、ほとんどの土器は失敗しても、成功品がひとつでも残れば良いわけです。 それに対し、上の図の縄文土器は成形工程が非常に複雑で手間がかかるため、複数の同じデザインの成形体を作ることはできません。 したがって、丹精込めて作ったひとつの成形体を一回の焼成で失敗せずに焼き上げなければなりません。 焼成工程についてですが、これを野焼きで作るのは、本当に難しい技術です。 数多くの経験により、薪の充填方法、断熱方法、焼成時間などはわかっていても、焼成時に風の強さが変わっただけで温度分布は変わり、最悪クラックが入ります。 「この土器を作るような高度な技術を持っている職人が、男性器、女性器、妊娠のようなモチーフの土器を作るのを引き受けるだろうか?」というのが技術者の一人として素直に感じた疑問でした。 また、この土器の完成品は装飾用としてではなく、実際に食物の煮炊きにも使われました。 我々日本人の祖先である縄文人が、食べるものを調理する道具に、男性器、女性器、妊娠をモチーフとしたデザインを使うだろうか。これが日本人としての感性からくる違和感でした。 その後、これまで述べたように十二支は日本製であるとの結論を得てから、この土器のデザインも十二支を基本に解釈するべきと考えました。 十二支という新しい視点を入れることで、従来までの解釈は全く変わったものになります。 筆者の新しい解釈について以下に述べます。 まず、蛇ですが、十二支で蛇は子孫繁栄のシンボルで大切にされています。 また、穴の開いた部分はフクロウではなくイノシシだと思います。イノシシのデザインはこの土器だけでなく多くの土器で一般的に使われています。 イノシシは十二支では無病息災のシンボルです。 そして、最も重要なのが渦巻きです。渦巻き模様も縄文土器には数多く見られます。 渦巻きは、日本の一部の地方では確かに妊娠の意味に使われていました。 一方、世界の古代遺跡の目を向けると、渦巻き模様で有名な遺跡に、上の図にも示したマルタ島の巨石神殿遺跡があります。同様の渦巻き模様はイギリスのストーンヘンジにも見られます。 マルタ島で出土したマルタのビーナスは世界的に知られています。皆様は、このマルタのビーナスは縄文ビーナスと似ていると思わないでしょうか? しかし、そうであってもマルタの巨石文明と縄文文明の間には直接の関係はありません。 縄文人は遠洋航海に長けてはいましたが、スエズ運河が無い時代にアフリカ大陸の南端を回って地中海に到達するのは無理だったと思います。 ここで、興味深いのはマルタ文明はメソポタミア人が作ったと言われていることです。 もしそれが事実であるならば、縄文からシュメールに伝わった土偶が、メソポタミヤを介してマルタ文明に伝わったと考えることができます。 そう考えると、マルタ島やストーンヘンジの渦巻き模様も、縄文土器の渦巻き模様も同じ意味ではないかと思われるのです。 さて、その渦巻きの意味ですが、永遠の時の流れ、水の流れ、自然界の永遠の流れを意味するようです。 自然の中には生命の生まれ変わりも含まれるので、渦まきと妊娠の関係も理解できます。 そうであるならば、上の図にある土器の意味は、「大いなる偉大な自然の流れ中で、子孫繁栄と無病息災を祈る」となります。 どうでしょうか?この意味なら、日本人の感性に合っているのではないでしょうか? 土器作りの職人も、この意味をこめた土器ならば、集落に暮らす人のために一生懸命作ろうと思うのではないでしょうか? どちらの解釈が正しいかは、皆様のご判断にお任せします。 | ||
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