麻紙は縄文人の発明(1)
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世界最古の紙はBC3000年位にエジプトで作られたパピルスです。パピルスはpaperの語源になっていますが、その製法や構造は通常の紙とは異なります。
パピルスは川辺に生えるパピルス草の皮を剥ぎ、茎の中心部を薄く切ったものを縦横90度に交差して重ねてプレスすることで作ります。
つまり、重ねた繊維には2つの方向があるわけです。このため折り曲げに弱く、紙幣や冊子にすることはできず、シートに巻物として使っていました。 我々が普段使う紙で、最古のものは前漢時代の文帝・景帝(BC189 -141)の時代に作られた麻紙とされています。 これに対し筆者はBC5000年より前の縄文時代に、日本では既に麻紙が使われていたと考えています。 ここで、このWEB全体に通じる重要な仮定について述べます。 それは、「ニーズがあり必要な要素技術があれば、人種や場所によらず、必ずそれは発明はされる」というものです。 あるものが必要とされ作ることができるにもかかわらず、何百年の間、誰もそれに気が付かないということはないということです。 科学史に残る重要な発明でも、ライバルがほぼ同じ時期に同じような研究をしていたという例は数多くあります。 例えば、「縄文時代に文字はあったか?」という命題ですが、文字が必要とされ文字を書き残す技術があれば、それは必ずあったと考えます。 証拠が見つかっていないので「縄文時代に文字はなかった」と考えていては、真実には決して到達できません。 縄文人は文字を必要とし文字を粘土板に書くこともできたのに、それをできなかったというのは「縄文人は他の民族よりも知能が劣っていた」という結論を出すことになります。 それを主張する人は、別の方法でそのことを証明しなければなりません。 しかし、人類学上、特定の民族が知能が劣っていたという例はありませんし、あえてそれを主張するのは人種差別主義者とみなされます。 「縄文時代に文字はあったか?」という命題に対する自分の解答は、「非常に単純なものを除き文字はなかった」です。 その理由は、縄文人が劣っていたからではなく、集落で暮らす一般の縄文人に文字は必要なかったからです。 しかし、統治者である旧天皇家は神代文字を使っていました。その理由は知能の差ではなく、統治に文字が必要だったからです。 話を戻して「縄文人は麻紙を使っていたか?」という命題に戻ります。 日本ではBC13000年には麻が栽培されていて、BC8000年にはその繊維を使って麻縄を作っていました。 この時代に麻縄を使っていたのは、ごく限られた民族でしたので縄文土器に縄目の文様を付けたのは、最先端製品ができたことを示しかったのかもしれません。 麻紙を作るには、土器で麻を煮沸することで麻の繊維を分離し、それを短く切り石うすで引いて短繊維にした後、紙すきをする必要があります。 これらは全て縄文時代の道具と技術で可能です。 特に重要なのは、麻の繊維を短く切る技術です。縄文時はこれに黒曜石の刃物を使っていたはずです。 セラミックス製造技術のひとつに粉砕工程があります。粉砕工程は粗粉砕と微粉砕に分かれます。 粗粉砕せずに直接微粉砕をしても決して微粒子は得られません。植物繊維の切断も同じで、麻の長繊維を直接石うすで挽いても均一な短繊維は得られません。 したがって、黒曜石による繊維の切断は非常に重要になります。後で述べますが、文明発祥地で黒曜石が手に入ったのは日本だけでした。 これで縄文人は麻紙を作るのに必要な技術を全て持っていたことがわかります。 それではニーズはあったのでしょうか?ありました。それが紙幣です。 |
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